直虎13話。城主はつらいよ。自灯明な(直)とらさんが頑張る人情(に振り回される)話

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私が城主です

とどでございます。

前回の最後に堂々と城主であると宣言をした直虎。出家が本領安堵と引き換えであるため、還俗はせずに城主となるようです。でもいきなり「城主だ!」なんて宣言したところで、皆が皆、認めてくれるわけではないんですよね。

いわゆる「抵抗勢力」みたいな人々もいるのです。特に、しのにとっては、神経を逆なでされるようなことでしたから、その反発も大きなものになっても仕方ないです。今回の物語では、直虎のせいで割りを食ってましたから。

また、いきなり城主になるといっても、経験不足や知識不足は否めません。そこで南渓和尚からもらった「かな目録」を元に国を治める際の規律や基準などを学ぶわけですが、これ、大元は今川の物。

ベースとなったのは今川仮名目録で、今川義元の父、氏親が制定したものです。義元は「仮名目録追加」として、父親が制定した目録に自分自身のノウハウである21ヶ条を付け加えています。

心許せる存在でないとはいえ、巨大な領地を治めていた実力がある今川から国の治め方を学ぶ、と言う姿勢も大事。

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今回は足元を固める回

前回華々しく城主になった直虎ですが、それだけで平穏無事に事が運ぶ、なんてことはないのです。

そもそも城主として認めてもらわなければ、自分の政策を通したり、発効させるのは難しいですからね。この辺の難しさは、ニュースでよく見る某都道府県の議会を見ていれば伝わりやすいかもしれません。意図的にこの構図を取り込んだのかもしれませんね。あちらも女性がトップですから。

根回しとか、調停、陳情への回答など、ちょっとずつ実績を積み上げていって、やっと周りからも認めてもらえるので、しばらくはこの辺りの話が続きそうですね。こうしたバックボーンなしに皆に認められたら納得感ないですし。

大人になってからは、ただ一発デカい仕事を成し遂げるより、地味でも確実に実績を積み上げる姿にカッコよさを感じるようになりました。人の目に触れない部分だからこそ、大人になるまで知らなかった、というのもあるのかも。

瀬戸村からの陳情

初めての陳情への対応。そりゃ聞こえのいい言葉を漏らしてしまっても仕方なし。「どこまでやっていいか」のラインって、結構経験が大事だったりします。

瀬戸村の人々からは「徳政令カードを使ってください!」なんてお願いされ、安請け合いしてしまった直虎。徳政令の意味すら知らなかったので、言葉の重みもまだ分かりません。

中野直之は、文句を言いながらもサポートしてくれる辺り、いい家臣なんだなと感じました。

領主としての経営は、まさにあちらを立てればこちらが立たず、といったように調整が命ですね。織田信長のように、「何をするか分からない」ような恐怖とか、「とにかく御屋形様に任せておけば何とかなる」といった強大なカリスマ性があれば別ですが、多くの場合は各方面の調整に苦心していたことが窺えます。

言われたことは鵜呑みにしちゃう

何も知らないからこそ成長できる反面、人の言葉通りに動いてしまうというのはルーキーにありがちなこと。部下が気を利かせて情報を持ってきても、「指示するのが城主でしょうが」なんていう文句に動かされて、自分の指示で持ってこさせたことにしたい、なんて場面も。

こうした部分をちゃんと描いていたので良かったと思います。

ムロツヨシ、再登場

胡散臭い男を演じさせたらピカイチ。10話ぶりくらいに再登場し、なんと家臣にまでなってしまいました。

陳情のあった瀬戸村と関わりがあるとはいえ、城主の個人的なコネクションによって登用されてしまったので、周りからしたら面白くないですね。

そんな瀬戸方久は、おどけた雰囲気を出していたものの、お金の話になると真剣な顔になります。「銭は力だ」と力強く言います。

この「銭は力だ」ってのは、大なり小なり、自分でビジネスを回している人なら感じていることでしょう。種銭がたくさんあれば、それだけ大きく投資できますし、リターンも大きくなります。そのお金で人をさらに雇えば、より大きな利潤を生み出せるようになりますからね。

困窮している会社なら、銀行もなかなかお金を貸してくれないでしょうし、取り得るビジネス的な手段も限られてしまうことでしょう。

今までこうしたお金の面を見ずに過ごせた直虎だったからこそ、今回の瀬戸方久との再会は大きな意味を持ったことでしょう。悪い意味で鵜呑みにしないことを願うばかりです。

お笑い芸人もたくさん

ちょいちょいお笑い芸人の方々をキャスティングしてきますね。TKO、光浦さんと、3人もいました。

この辺りは丁寧に描かないといけない分、時間経過が少なくなってしまいます。その間延びを防ぐために、目を引きやすいポイントを作っているのでしょう。

自灯明も禅語

自灯明は、お釈迦様が入滅する前、最後に弟子に伝えた教えだとされています。この弟子と言うのがアーナンダ。お釈迦様の晩年まで付き従い、身の回りを世話していたアーナンダは、「先生がいなくなったら、私はどうしたらいいのでしょうか」と弱音を吐きます。

それに対しお釈迦様は、「他者を頼らず、自分、そして法を拠り所としなさい」と伝えます。これが自灯明・法灯明と言われるお話です。

灯明は闇を照らす光のシンボルで、供養のひとつです。ドラマ直虎の中では、龍潭寺の仏像の前で直虎が火を灯しているシーンがありましたが、あれが灯明(のはず)。

闇の中を進むのに、他の人の灯火、光を頼って歩いていくのではなく、自分で自分の歩く先を照らして行くんだ、でも自分だけが良ければいいなんてことはなくて、守るべきルールもあるんだから、それも拠り所にするんだよ。なんて意訳。

現代日本の街中で夜出歩けば、もはや闇である場所も少なく、コンビニ灯明やらビル灯明やらで溢れています。自分で灯明を持たずに歩けてしまうので、ついついそれに頼ってしまいます。

でも本当は、自分で灯明を持っていないといけないんですよね。じゃないと、他の人が照らしている場所にしか行けません。

もちろん物理的な光だけでなく、考え方の面でも同じ。他の人の灯明があふれている今だからこそ、自分自身の中に価値の基準、判断の基準を置いておくのが大事です。もちろん、人間は社会的な動物ですから、社会生活を営むためのルール、つまりを守った上で。今回のドラマ直虎は、現代に生きる我々にもこの言葉を投げかけていたのです。

さて、ドラマ直虎に話を戻せば、自分自身を拠り所として判断を行う点は今回の直虎に当てはまる点です。今回の前半の直虎は人に言われるがまま行動していましたが、南渓和尚がこの言葉を投げかけてからは、自分が責任を取るつもりで自分の案を打ち出しました。南渓和尚は良いメンターです。

手を差し伸べる政次

何だかんだ助けてくれようとしている政次。直虎に井伊の財政状況を伝えようとしたり、足がしびれて転んだら手を差し伸べたり。

ちなみに今回直虎が政次の手を払ったのは、前回井戸の前で政次が直虎の手を払ったことに対するアンサーです。

政次からしたら、おとわにはもう安全な所で幸せに暮らしていてくれれば満足なんだと思う。親友の亀を助けることが出来ず、井伊の中では後ろ指を指されてしまっている自分の状況を考えると、おとわだけは守りたいと思ってしまってもしょうがなし。

おとわは「井伊」にこだわっているのだから、その井伊が無くなれば、おとわは安全な場所にいられる。そんな考えが政次にはあるんじゃないでしょうか。

前回、城主がどんどんいなくなっていく状況を見て「何度も同じことを繰り返す!」と井伊を嘆いていた政次。おとわが井伊の中枢に近ければ近いほど、今川から目を付けられやすくなります。

だったら何とか遠ざけられないかと考え、城主になっても「すぐに根を上げる」ことを期待していたのかもしれません。井伊をつぶしてしまうことの汚名は政次自身が被ることで、おとわに手が及ばないようにする。なんて、そんな風に思っていたらいいなーと妄想する訳です。

当ブログでは鶴丸を応援しています。

小国の運営は中小企業のようなもの

戦国時代の「家」は、現代で言う所の企業に例えられることが多いですね。

真田丸の主人公である真田家は、信州の小さな国衆でしたから中小企業、徳川なんかは関ヶ原以降に台頭して徳川ホールディングスみたいな大企業の感じになってますし。

この辺のたとえ話は『ドラマ真田丸は中小企業である真田家の経営戦略を描いた話』でも触れていますので良かったら。

今回のドラマ直虎も、国の規模は真田家と似たようなレベルです。

直虎は、井伊の御曹司である虎松が成人するまでの間、社長を名乗ることにしましたから、元々井伊家で働いていた人にとっては「なんでやねん」となること請け合いです。

現代で言えば、仏教学部で勉強していた前社長のいとこが急に「私、社長やるから!」って言って社長職に就いて経営を始めるようなものです。いかに親族経営の会社とはいえ、そりゃみんな止めますよね。

直盛や直親が国を運営している様子を近くから見ていたものの、見ることと実際にやってみることは別ですから、不安になるのもやむなし。

でもって、井伊家のはほとんど今川に持たれている状態だから、人事で勝手なこともできない訳で。前回の最後には、空いたポストに親会社から人が送られてきましたし。今回直虎が城主になる、というのも結構な無茶なんですよね。筆頭株主である今川が拒否すればそれでおしまいです。

さらには今回の最後、瀬戸村、祝田村の百姓たちが今川にエスカレーションを上げちゃいました。子会社の問題が本社まで登っちゃったら、子会社の立場はえらいこっちゃです。どうなる井伊家。

この話が収録されているのは

こちらの完全版第弐集。第13回から第31回までが収録されています。政次の真意がわかって、共に力を合わせていくあたりが収録されています。

政次役の高橋一生さんのインタビューが特典として入っているのが嬉しいところ。

まとめ

こういう内政回は、大人になってから楽しめるようになりました。戦国時代というとその名の通り、とかく戦に目が行きがちですが、心の動きや経営の面もちゃんとやってくれてるのが嬉しいところ。

中だるみするかと思いきや、ピンチな引きで終わったので来週も気になります。

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