いだてん14話感想「新世界」夢のようなオリンピックからの帰還

2020年2月15日

夢だけど夢じゃなかった!

とどでございもす。

日本に帰ってきた金栗四三。彼が日本に帰ってきたのは明治天皇が崩御されてすぐのことだったようで、国全体に自粛ムードが漂う時期だったようです。

なので出迎えもちょっぴり寂しい感じでした。このシーン、9月のはずなのに息が白くてばり寒そうでしたね。

オリンピックという大きな山を越え、西洋の人々と比べて様々な面で違いを見せつけられた選手団でしたが、永井教官が言うように、負けたら負けたでその原因を探って改善して行かねばなりません。

この時は「うんうん、いいこと言うじゃない」と思っていましたが、最後に悪者になっているのはシュールでした。体育協会乗っ取られとる!

今回のサブタイトル

今回のサブタイトルは「新世界」。大阪の繁華街が元ネタ……ではないですよね、たぶん。1943年に出版された多田裕計(ただ ゆうけい)の小説「新世界」が元ネタですかね。

恥ずかしながら読んだことがないので内容との関連は予想がつきませんが、タイトルだけ見たら物語が新しいフェーズに進んだ感じがします。

金栗四三の視点だとオリンピックを挟んで明治から大正に移り変わっているので、金栗四三自身が新しいフェーズに進んだことや、世間が新しい時代に向かっていることが強調されています。

私たちの方でも先日新元号が発表されたこともあり、現実世界と作中で時代が移り変わっていく様子がリンクしているのがいい感じ。

ただまぁその雰囲気は全然違いますよね。私たちの方では天皇陛下の「退位」によって改元になるので、和やかな感じ……というかある種お祭りムードで新しい時代を迎えるような雰囲気になっています。

槍持って帰還

金栗四三はオリンピックで様々な競技を見たことで、その道具をいくつか持って帰ってきたようです。その中には槍投げで使われる槍も。いくら大正とはいえ、槍を持って電車から降りてきたらヤベーやつです。

現代だと槍投げの選手の皆さんはMy槍をどうやって運んでるんですかね?

……なんて気になって調べてみると、自分の車だったり顧問の先生の車で運んだり、運送会社に頼んで運んでもらってるみたい。流石に抜き身で電車で運ぶ猛者はいないか。

他にも砲丸投げ用の砲丸を持って帰ってきたりと、日本になかった競技が持ち込まれてきました。こうやって誰かが持ってこないと、その競技があることすら知らない状態ですもんね。

自分の競技だけでなくその他の競技についても発展をもたらす金栗四三すごい。

永井教官と弟子

今回は永井教官の弟子である二階堂トクヨが登場。金栗四三が報告会で喋っている最中にグイグイと詰め寄り、「負けた原因は何ですか?」と問い詰める姿が印象的。

いきなり出てきたおばちゃんみたいな扱いを受けていますが、彼女は14歳になると小学校で准教員(教員をサポートする人)として働きながらお金を貯め、尋常師範学校→東京女子高等師範学校と進学し、教職に就いた努力家。

元々は国語を教えていましたが、体育も教えるうちに「体操やってたらめっちゃ健康になったわ」と感動し、体育科の勉強に励んだそうな。

体操の魅力に取り憑かれたもんだから、スウェーデン体操を布教している永井教官と意気投合して弟子入りしたのでしょうかね。肋木で見事にポーズを決めてる寺島しのぶさんがすばらでした。

可児くんはドッジボールの伝道師

金栗四三の周りにいる人たちは、何かしらの現代スポーツの発案者であったり伝道師だったりします。

嘉納治五郎先生は柔道、大森兵蔵はバスケットボールとバレーボール、永井道明は肋木。そして可児くんはドッジボールを広めた伝道師です。

坪井玄道と一緒に『小学校運動遊戯』という本を編纂し、ドッジボールを広めていきました。

ドッジボールのドッジ(dodge)は「素早く避ける」という意味なので、当時のルールだと避けることに主眼が置かれています。コートの中にいる人がボールに触ったらアウトなのもこのためでしょうかね。

嘉納治五郎先生のサポート役っぽい雰囲気を出してはいますが、結構重要人物だったりします。

今度は志ん生が旅立ち

金栗四三が帰ってきたのと同時期に、志ん生は別の噺家と一緒に地方巡業に出かけることになりました。師匠である円喬とはここでお別れです。

「美濃部くん、君には『ふら』がある」と謎のキーワードで褒めてくれた師匠。「ふら」は落語家に対する褒め言葉だそうで、その意味は……作中で説明されるのを楽しみに待つのがいいかも。

新橋に向かう志ん生を追いかけるようにダッシュする師匠がまたいいですね。師匠、清さんの車から振り落とされちゃったもんだから、肺を患っているはずなのに全力疾走で浅草から新橋まで駆け抜けました。距離にして6kmです。走って3, 40分とか師匠の肺がピンチ。

何とか汽車の時間に間に合った師匠は餞別のタバコを志ん生に渡し、その旅立ちを見送りました。

「私は美濃部くんの車じゃないとダメなんだ」なんて言ったり、肺が悪いのにふらふらになりながら全力疾走したりと、「この師匠、こんな人間味溢れる人だっけ?」とギャップにやられました。あと未来を先取りしたモノマネもメタい感じで良かったです。

電信柱練習法(インターバルトレーニング)

ダッシュといえば、金栗四三も新たな練習法を編み出したようです。

当時乱立し始めた電信柱を目安に、5本通り過ぎるまでは全力ダッシュ、次の5本は緩やかに走るという電信柱練習法が編み出されました。

現代で言うところのインターバルトレーニングでしょうか。気付いた時にはニヤリとしました。

聞きかじりでインターバルトレーニングを取り入れてみたことがありますが、なかなかのキツさでした。確かに心肺機能が強化されそうな感じ。普段はデスクワークなので次の日まで疲れが残った記憶があります。

オリンピックでの経験から新たな練習法を編み出していき、自ら実践して効果を確かめるのは研究者として素晴らしい姿勢です。この研究結果がのちに『ランニング』として本にまとまりました。

この『ランニング』は国立国会図書館のデジタルコレクションで閲覧することができます。

二人で振り返り

オリンピックを戦い抜いた金栗四三と三島弥彦。この二人がストックホルムオリンピックの振り返りをしているシーンも良かったです。

浅草の凌雲閣から大正に入った東京の街並みを眺めながら、オリンピックに出てきたけどみんなはそれほど自分たちのことを知らないことに不安を覚えた金栗四三。自分たちがいない間に東京は東京で時間が進んでいて、まるでストックホルムにいたことが夢だったかのように感じているようです。

「ストックホルムで走ったのは確かな現実だったとですよね?」と弥彦に確かめたくなる気持ちも伺い知れます。弥彦は弥彦で仲間たちが天狗倶楽部を解散するなんて言い始めたこともあって寂しい気持ちだったでしょうに、「だったら見てみるか!」と活動写真に誘ってくれました。この辺はやっぱり強いですね、この人。

活動写真で映し出された自分たちの姿はほんのわずかだったけど、確かにそこにいたことが分かりました。

この時は一般の人たちも対して興味を持っていない感じでしたが、この二人がストックホルムオリンピックに参加してくれたからこそ、その後に日本人が続いて参加するようになったし、テレビで応援、あるいは現地に行ってまで応援する現代のスタイルにも繋がったんですよね。

道を切り開いていくのはいつだって孤独や不安、あるいは批判と戦いながらです。評価は後からついてくる……なんてかっこいい事言いたいけど、その渦中にある時に折れずに前に進めるってのは強さの証ですね。

お見合いからの次回

一度故郷の熊本に帰ることにした金栗四三。家に着くなり兄の実次に連れられてお見合い会場まで連れて行かれました。

そこに現れたのはなんと……スヤさん!

いやあなた結婚してたはずじゃ……?

という視聴者の疑問に答えるかのように、スヤさんの義母である池部幾江さんは「説明している時間はなか! 続きは来週!」とメタ発言。

あなた今回喋る初めてのセリフがそれでいいの!? とうっかりツッコミを入れてしまいました。こういうメタ発言も楽しんでいける大河です。

まとめ

夏だ! ふんどしだ!

と水着回のノリで始まった次回予告。

今回は祭りの後の侘しさを感じつつ、一方で新たに時代が始まっていくような、新章の土台となる話でしたが、予告で全て持って行かれました。

今回の大河は色々言われてアレですが、こういうやりたい放題をどんどんぶっこんでいって欲しいところ。

次回のサブタイトルは「あゝ結婚」。東京オリンピックの年、1964年に公開されたイタリア映画が元ネタです。日本での公開は翌年の1965年。

その原作は1946年に発表されたエドゥアルド・デ・フィリッポの喜劇『フィルメーナ・マルトゥラーノ』です。ソーセージ・マルメターノみたいな名前ですね。